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2008年08月12日

欝はメッセージです。

今日は「欝」について、そしてDAYAの欝体験について書きます。

社会に欝の人々が増えてきているという情報が入ってきます。

10人に一人とかいっていたのに、最近は7人に一人とか。社会人だけでこの数なんだから、そうでない自営や学生とか、主婦を含めるともっとになりますよね…私の周りにもすごく多いです。

欝に苦しんでいる人たちと話をしていると、その人の体験がとてもリアルに伝わってきます。そのもどかしさ、不安と絶望、恐怖と焦り…

あなただけじゃないよ、っていいたくなる。

私もそのしんどさ、知ってるよ。

他にも同じように苦しんでいる人たちを知っているよって。

辛いよね、しんどいよね。でも軽くしていくことができるよ。なんとかなるよっていいたくなります。

というのも、私自身は10代のころ、登校拒否になって、ソファーに寝たきりの1年間を過ごしたのですが、今考えるとあれは欝状態でした。私自身が欝と躁鬱体験者です。

当時(1996年くらい)は欝はあまり知られてなくて、「やる気がないだけだ」「なまけている」「サボり病」とか言われて、自分自身でもものすごく責めたり焦ったりしてもがいていました。本当に辛い時期でした。

「なんでできないんだろう?これっぽっちのことが。」と自分に腹が立つ。

でもできないんですよね。

私はスイスの家のリビングにあったソファにぼーっと横になっている状態が続いたのですが、その近くの床にティッシュが落ちている。頭では拾ってゴミ箱に入れたい。でも身体が鉛みたいになっていて、動かない。そのティッシュをぼーっとみながら「捨てなきゃ…」と思い、1日がすぎていく…

でも、自分の好きなことはできたりするわけです。鉛のように重かったからだが、ニコチンやカフェインを求めると(当時私はスモーカーだったんですよっ!)、さくっと起き上がってベランダに出て一服…

一服すると、なんだかやる気がでて、頭の中で「やるべきリスト」を作る。で、気合を入れて部屋に戻るのですが、戻ったとたんにまたできなくなる…

本当に、当時は自分に何が起きているのかまったくわかりませんでした。

私の両親も、とても理解に苦しんだようです。

一見、「元気そう」に見えるんですから。

自分たちを責めたり、私に腹を立てたり。

欝になってしまった本人が一番辛いけど、多分あまり大差なく、共に暮らしている人たちも相当辛い状態です。サポートしている人が疲れて欝になってしまうことも多いみたい。

私はその時は摂食障害も登校拒否も、自殺願望もあって本当に「黒い時代」を呼んでいるくらい、希望も、どうしたらいいのかというアイディアも、自分に何が起きているのかという知識もありませんでした。

「精神的に、どんぞこ」って感じ。

しかも社会的にも知られてない頃だったので、周りの人たちもどう反応したらいいのかわからない。私の摂食障害を身近にいた看護婦の人が気づいてくれたおかげでユング心理学研究所のカウンセリングは受けましたが、カウンセリングもなんでいくのか16歳くらいだったDAYAにとっては訳がわかりませんでした。

また、精神科にいって薬をもらうことはしませんでした。親も私も精神科にかかるなんて当時は「気が狂ってしまった」と認めるような行為で、それだけはしたくなかったのでしょう。今はアメリカもそうですが、精神科はどこもいっぱいですよね。それだけハードルが低くなったのか、精神的に辛い人が増えてきたのか。でもまだ精神科やカウンセリングを受けることに抵抗のある人たちも大勢いますよね。

DAYAの話に戻ると、そこから何年もかかって、色々なプロセスを経て現在に至るのですが、今でも欝で苦しんでいる人たちの話を聞くと、当時の感覚がリアルに思い出されます。そして、とても痛い。こんなにも社会現象になっているのに、個々人の問題として、薬を出したりするような「対処療法」はすごく発展していっているのに、根本的な問題の原因にはフォーカスされない。

「国や社会や会社や地域のあり方を変えなくっちゃ!それを欝をはじめ様々な症状をもった人たちの存在は教えてくれているのに!」と、DAYAの中のアクティヴィスト(市民活動をしている人)ロールはいいます。

「でもそんなこといっても、社会はそう簡単に変わらないわけで。社会を形成しているのは個人なので、まぁ、個々人が変わっていくことが社会を変えていくことなんでない?」とDAYAの中の社会学者ロールはいいます。

「症状は一つのサイン(シグナル)。なにかメッセージがあるはず。それをとりあえずみてみたら?」とDAYAの中のプロセスワーカー・ロールはいいます(笑)。

今なら、自分の体験を踏まえ、欝の状態をどのようにみればいいのかがわかります。そして今、欝で苦しんでいる人々が自分に起こっていることを理解するお手伝いができるかもしれない。うん。できるような気がする(笑)。

DAYAは欝は抜けたり治したりするのではなく、「付き合い方を覚える」んだと思っています。そしてその欝というメッセージを取り込んでいけるようになっていくと、徐々に変化が起きてくるのです。

というのも、私は様々な状況で欝になり、その時々でその欝は別なメッセージを運んでくれていることを体験しているからです。

最初の欝は完全に燃え尽き症候群でした。「完ぺき主義者」「優等生」「長女」「負けず嫌い」としてひたすらがんばった結果。やりたいことではなく、やるべきことをロボットのようにこなしていった結果の欝。今ならもっとそのシグナルを的確にピックアップして、「しっかりと休む」ということをしたでしょう。でも、当時は「なにもできない自分」と「内的焦り」の行き来でした。あぁ、ちゃんと休んでおけばよかった(涙)。なにもしていないくても、休めているのとは違うからね。

環境を変えれば治るだろうということで日本に帰国。新しい環境で気分的には過去を一掃してやり直すのが理想だったのですが、休んでいないで燃え尽きたままのDAYAは元気になるはずがなく(苦笑)。生きること自体にも疲れてしまったのでした。その後色々あって様々なプレッシャーからやっと開放され、一番の影響力を持つ両親に「ゆっくりやりなさい」といってもらってやっとのんびり大検をとりながら休むぞー!と思ったとたんに、全科目合格してしまい…(汗)。今度は「大学受験だ!」とバタバタしてしまったわけです。結局、「がんばりや」のDAYAが表にでてしまった。そして同じパターンを繰り返すわけです。がんばって、疲れて、欝になる。できないと責めて、焦って、ヘトヘトなのにがんばる。

…だから、休めってば、って今の自分だったらつっこんでますね。

今度は「躁鬱」になってしまったようで、夜は眠れず(欝のときも不眠は続いていましたが)、夜中になると勉強道具をもってファミレスへ。朝方まで勉強したつもりで外にいて、日が昇ると同時に帰宅、そしてクタクタになってやっと眠れるのでした。昼くらいに起きだして、「今日こそはちゃんとした1日をおくるぞ!」を張り切るのですがやっぱりまた前日と同じパターンで繰り返す…

この時期もかなり辛い時期でしたが、躁のおかげであまり「辛い」という自覚はなかったですね。今、当時の自分を観察すると、気があがっていて、身体の感覚があまりありませんでした。グラウンディングできていなくて、魂が身体から出てしまっている感じ、ですかね。

そこから精神力と運で大学に入学し、今度は躁鬱を抱えたまま(そして自覚のないまま)親子関係が耐えられずに家を飛びだすんですね。日中は大学に通い、夕方は当時習っていた現代舞踊のレッスンか、レッスン代と生活費を稼ぐためにスーパーでバイト。踊りもアルバイトもスイスではやらせてもらえなかったことだったり外国人だったから働けなかったりと、まるでそれを取り戻すかのようにがむしゃらな生活でした。

結局そこから身体を壊し(当然です)、その数年後にとても大事にしてくれるパートナーに出会い、プロセスワークに出会っていくことで欝な状態を許してくれる環境と、自分に許してく段階が始まり、それまでのどんどん勢いが増していく躁鬱状態の方向が変わりだしました。それが今から12年前の話。

それからも色々と欝な体験をして(詳細はまたいつか)、今はだいぶ上手に「欝からのメッセージ」がキャッチできるようになってきています。そうすると、午前中だけ欝っぽいとか、欝っぽいまんまたらたらすごす、とか。欝と共に生活ができるようになります。

そうなると欝は「病気」ではなく、「状態」になっていき、なにか自分が見落としていることを教えてくれるメッセージの一つになっていき、とてもありがたい存在になったりするわけです。これはプロセスワーク的な欝に対するアプローチです。

また、私はこういう流れだったので抗うつ剤とかは飲みませんでしたが、決定的に体調が戻ったのは食事と運動と針治療でした。私の元ツレが欝になったときも、薬は使わずに同じく針と食事と運動とカウンセリングで回復をしました。いつか、その話もしましょう。東洋医学的に欝をどうみているのか、とても興味深い学びをしました。

スピリチュアル的な観点からみても、欝の独特な「重み」はその人が持つ高次元とのつながりをしっかりともてていないので、上から「ドシャ」っと色々なものが落ちてきちゃうんですね。瞑想をして自分のセンターとつながり、そこから高次元ともつながっていくとその落ちてくるものをしっかりと支えることができます。上で持ち上げるって言う感覚です。サードアイ瞑想にそういうテクニックがあり、実践したら本当に軽くなり、姿勢まで変わってしまいました。

とても大変な状態で、回復が難しいときは勿論病院にいったほうがいいし、薬も使っていったほうがいい。必要であれば、入院もいい。でも、少しゆとりがでてきたらカウンセリングや運動や針治療などのホリスティック(全体的な)なアプローチも試してみてください。

薬はあくまでも対処療法です。根本的な解決にはならないのです。それどころか、長年飲み続けてしまうと身体が自分で考えなくなってしまいます。

これまでの自分のパターンを見直して、これまで無視してきた自分の声を聞いていく。そして、「前の自分」と「今の自分」と対話して折り合いをつけていきながら、「新しい自分」を見つけていきます。

色々なレベルから欝は理解ができるのです。あなたにとって、今苦しめている症状はなんですか?それは意味があってあなたのところにやってきているのです。

せっかく欝という状態があなたにメッセージを送ってくれているんだもの。

耳を傾けてみませんか。私はそれを知らずに、何年ももがき続けてしまった。その体験を踏まえて、今欝で苦しんでいる人たちのカウンセリングや、欝になった人の家族に対するサポートができればと思っています。

自分の中のアクティヴィスト・ロールは社会へのメッセージとしての欝もワークしたい!といっています。いつか機会があったら欝についてのグループワークもやりたいと思います。

なんだかものすごく長くなってしまいました。

最後まで読んでくださってありがとうございました。

love

DAYA

PS:

現在欝で薬を飲んでいる方は、セッションを受ける前に主治医に承諾をもらってからきてくださいね。

posted by Daya at 00:05| Comment(1) | TrackBack(0) | 欝・躁鬱