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葛藤解決ファシリテーター、セラピスト、キャリアカウンセラー Dayaのブログです。


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色々な変動と不安の多いこの時期、<気づきのための人生マップ・Dayaの数秘術セッション>がオススメです。人生の地図のように、自分が行こうとしている方向性や、「歩き癖」などをしっかりと理解し、日々の気づきに活用しながら自分の人生を主体的に生きていきましょう!深くて楽しい!遊び感覚でどうぞ♪

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2015年12月25日

クリスマス・イブに名前とアイデンティティについて考える

メリークリスマス。
クリスマスがキリスト教の祝日であること、そしてそれが由来のイベントが世界中を影響していて、経済効果もすごいこと。クリスマスをお祝いしない宗教がこの日はとても周辺化されていることに気づいていたいと思います。
クリスチアニティが世界で過去に「よかれとおもってやってきたこと」が必ずしもよかったとは限らないことも、私はクリスマスになると考えます。

でも、無宗教なので、適当にお祝い気分のおすそ分けをもらって、
適当に楽しんでもいます。
そのおかげで私も
息子から素敵なプレゼントをもらいました。

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今日はどうやら満月っぽくて、
そのせいか、ちょっと思うことをブログに書いてみる気持ちになっています。

ふと、もうすぐ生まれてくる赤ちゃんのことを想っています。
無事に産まれてきますように。
この世はとんでもなく大変なんだけど、美しいこともたくさんあるので、そういうところをいっぱい体験してもらいたいなぁ。

その子は、日本生まれ日本育ちの韓国籍の友達(つまり、いわゆる在日といわれるマイノリティの立場の人)と日本国籍の友達の国際結婚(国際結婚っていうこと自体知らなかった!)の間に産まれてくる。

両親になる友人たちは、とても素敵な二人だから、きっといろんなことを考えて、素敵な家族を作っていくんだと思う。
ふと、名前はどうするのかな、と気になった。
日本の名前にするのかな。
韓国の名前にするのかな…

それは、彼らの選択なので、楽しみにしておくことにして、

私は自分の息子に名前をつけるとき、散々迷ったことや、
自分が親からもらったリーガルネームを手放して、Shanti Dayaになったときのこととかを思い出した。
ついでに、
大好きなジブリ映画「千と千尋の神隠し」で、千尋が千になるシーンのことも、思い出した。

ポーランドの人たちが、ロシアに占領されて地図からポーランドがなくなったときに、彼らは自分の国の言葉と宗教を軸にアイデンティティを保ち、そしてまたポーランドをロシアから取り返した話も思い出した。

息子の名前は、絶対にユニセックスなものにしたかった。
当時私はジェンダー、セクシュアリティのマイノリティについて(今思えば)かなりアクティブに活動していた。
性別二元論に違和感があって、(社会的な)男とか女とか本当にめんどくさかった。
そこに大きな意味や社会的な区別があることにどうしても違和感があった。
そして、息子の名前は、国際的なものにしたかった。
私がマルチカルチャーなこともあるし、息子は日本人でもあり、ドイツ人でもある。
一つの国という境界線はすでに超えた背景だったから。

私の周りにいた二重国籍のこどもたちは、日本語名とドイツ語名があった。
それがすごく違和感があったのだ。
どちらのカルチャーもあることが、私なのに、という持論からきているのかもしれない。

あの頃はインターネットが普及し始めていたので、散々探して今の息子の名前にした。
当時親しかった人が、せっかく日本で生まれるからと、画数のいい漢字を探してくれた。

漢字の意味も、名前の歴史的な意味も、いろいろと繋がりがあって納得のいく名前だ。

親は散々いろんなことを考えて、一方的に子どもに名前を与える。
一緒に考えて本人が決めるということができないから当然なんだけど。

でもその与えられた名前を散々親に呼ばれて、その名前に自分のアイデンティティが宿り、
いい意味でも残念な意味でも私たちはその名前になる。
「nomen macht omen」という諺がドイツ語であって、意味的には
名前がその人をつくる、的なことだったと思う。

私の本名は美亜で、親は当時、海外でも覚えてもらいやすい名前ということでmiaと決めたらしい。
女の子だから美、祖父の名前からとったという。
たまたまその祖父は私にとって、とてもスペシャルな人になったのも偶然ではない。
亜という漢字はベトナム戦争が終わった年だったので「美しいアジアになるように」ということでアジアの亜になったらしい。
子どもの頃は「幸せな子どもになるように幸子」とか、子ども本人に対しての思いじゃないんかい!と
がっかりしたけれど、
今、日本を拠点にして「葛藤ファシリテーション」なんて仕事をやってるので無意味ではなかったのかもしれない。

約11年前に、私はインドでテイクサニヤスをして、OSHOの弟子になった。瞑想を人生に取り組んでいきたいし、シリアスになりすぎず、瞬間瞬間を祝福して生きるようになりたいと思ったから。
親からもらった名前を手放して自分でクリアファイルから意味もわからないけど光っていた名前を選んだ。
それが Shanti Dayaだ。

帰国して意味を調べたらShantiは平和。Dayaは慈悲という意味だった。
これまた葛藤ファシリテーターとして考え深いものがあった。

名前を変えたことを周囲の人たちに伝えた。サニヤシンたちはそれを喜び、祝福してくれてすぐにdayaと呼んでくれた。そのカルチャーを知らない人たちは様々なリアクションをした。
結果的に、当時見事なように人間関係の断捨離が起きて、みんなと疎遠になった。
その頃から続いている人はもう片手で数えられるくらいしか残っていない。

恩師のいう通りだった。
サニヤシンになった翌日、偶然にも恩師に瞑想センターの敷地でばったり会った。
「その新しい名前であなたはどう生きていくの?」と彼女はきいた。
自分の決意のためにとった、程度の気持ちだった私はドキッとした。
恩師は自分がテイクした時のことを話してくれた。
きっといい瞑想になるから、ちゃんとdayaとして生きてごらんとアドバイスされた。
私は知りたかった。彼女が話したことを経験してみたかったのだ。
本当に、いい瞑想になった。

自分の内側でおきたこと。
そして周囲で起きたことは私がこれまで信じ込んでいた「世界」の壁をバリバリと剥がしていった。

アイデンティティがシフトしていく様子も観察できたし、
名前の大切さ、そして同時に名前なんて記号にすぎず、どうでもいいことなんだということも学んだ。
執着していたことに気付き、さっさと手放せるようになった。

そんな経験をしてから、
千と千尋をみると、とても興味深い。

湯ばーばの元で働くためには名前を取り上げられる。そして千尋は千尋の頃の記憶を失いかける。
他者から名前を奪われる経験は、歴史上たくさんの人たちが経験してきた。
植民地支配をされていた人たち、在日の人たちも日本名をつけられたと聞いた。
フィリピンから里子でアメリカ人の両親に育てられた友人はアメリカ人の名前をつけられて、
自分が白人だと言い聞かされて育ったという。

あらゆる理由があって起きたことだけど、名前ってその人本人に、本当に大きい影響がある。
そしてそれが軸になって周囲・世界が回っていく。

息子の名前の漢字はじつは当て字で、彼の名前の音のように読むのはふりがながないとわからない。
彼が大きくなった時に、その漢字の本来の呼び名に変えちゃってもいいかな、と思ってる。
名前を自分で選んでもいいんだとも。

最近私の周りにいるサニヤシンフレンズの名前が面白いと興味を示す息子が
バシッと「でも俺は絶対サニヤシンにはならないからな!」といいきったのがおかしかった。

自分で選択していけることは、その人の意思とパワーにつながれる。
外に対してNOということは、自分に対してYESということなんだ。

千と千尋の神隠しの千尋も、最後はちゃんと自分の意思で自分の名前を取り戻し、帰っていくんだよね。

あー、久しぶりに思考をめぐりました。

メリークリスマス!


posted by Daya at 02:38| Comment(0) | 想うコト・考えるコト

2014年12月11日

日常で使えるプロセスワーク講座、アドバンス1期を終えて(個人的感想1)

先週、「日常で使えるプロセスワーク講座」のアドバンスクラス1期が終了しました。
6回の講座はあっという間でした。
毎回とても濃厚で、沢山のことを学び、私も毎回フルにコミットして
知っていることを伝えました。


この講座は8月に希望者が集まり、
プロセスワークの深層民主主義的な対話の進め方の中でそれぞれのニーズや想いを分かち合い、
私と一緒にプログラムを作りスタートしました。

物事を決めていく際のプロセスも、
深層民主主義的なミーティングを何回か経験してみると、
体感的に学べるものがあるはずだと信じて。

日本では、(というか、ポートランドのプロセスワークコミュニティ以外では)、
なかなかアーノルドミンデルが実践しているコミュニティの在り方は経験できません。
私ができているかといったら、どうでしょう?という感じですがw
経験することが全くないよりはマシだろうという確信のもとに
やってきています。


アドバンスは、
ベーシッククラスで「なんとなーく」プロセスワークを理解したり、
日常にその視点を取り入れだした皆さんが
「ゴーストロールに気づくようになったけど、どうすれば?」
「わかっているのにどう動けばいいかわからない」
という、
「もっと実践的に使えるようになるための学びの場」として設定された気がします。

各自が自分のケースをプロジェクトとして持ち寄り、
それを軸に学びを現実に活かしていくという
dayaの得意な「現場主義」的なものです。

私自身、自分の人生をプロセスワークや瞑想を基本的なアプローチとして
改善してきました。
その経験知をシェアしている感覚です。

教え方も私のスイスで受けた教育経験がベースとなっていて実用的なものとなりました。

私が私らしくいることで、参加者のみんなもそれぞれが自分らしくなっていくような、そんな3ヶ月でした。

ベーシック3ヶ月、アドバンス3ヶ月でみなさん、相当インナーワークも上手になり、
場を見る力もついて、エッセンスに到達するセンスも磨かれて来ています。

この後、1月からアドバンス2期がスタートし、学びの場は新たな仲間を迎え入れるために一度ドアをあけ、
継続することが決定しました。

参加した方から承諾してもらい、少し具体的に私が経験したみなさんの変化をここにご紹介していこうと思います。

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職場の上司とスタッフの間にいるUさん
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Uさんは職場の上司とスタッフの間で、
自分の立ち位置や対応していくところにプロセスワークの学びを活用したいということでした。

きくところによると、上司の方はとても一方的でパワフルな感じです。
スピード感があってなんでもちゃっちゃとやってしまう。
コントロール欲が強く、なんでも管理したがる感じ。

それに対し、これまでも沢山のスタッフが辞めていったそうです。

Uさんはそこで正社員となり、他のスタッフをまとめる役割&上司のサポートをしています。
本人も上司のパワフルで、乱暴で支配的にも感じる行動や言動に戸惑っていましたが、
どうすれば気持ちよくサポートできるのか、また、自分があまり影響をうけずに仕事ができるのか、
他のスタッフにはどうすればいいのかなどがテーマでした。

Uさんのワークは流れ的にグループワークとなり、
Uさんは自分の普段の役割から抜けてスタッフの視点にたったり、
上司の視点にたったり。
他のメンバーも参加してロールをとり、一緒に深めて息ました。

Uさんの内なるプロセス全体は本人にしかわかりませんが、
私はそばにいて彼女が自分のパワーやバウンダリーをしっかりと確認し、
そこに立ち続けることや、
自分が普段の立場からみていたリアリティではない、スタッフからのリアリティなどを認識して視点を増やし、
また、そこの中で自分自身の関係性についてのテーマやパターンに気づいて
自由になっていく様子が印象的でした。

取り組む時の入り口が職場という外のことだったとしても、
自分の内なる課題ともつながっているものです。

Uさんはその両方のレベルをしっかりと認識して、
自分の気持ちや人生を大切にしていきながらも、
柔らかい気持ちを持ち続けながら、職場の人たちとの距離感を探り続けています。

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長くなったので、他の方の話や続きはまた…

posted by Daya at 00:00| Comment(0) | 想うコト・考えるコト

2014年07月01日

抑圧は、なかなか気づけない。(facebook投稿より)

日本の憲法の解釈が変わってしまう…
日本の大きな決断の流れの中、胸騒ぎを押さえながら
日曜日のワールドワーク報告会の準備。

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私がリアルにできる事といえば、
こういう大きな葛藤の中、
この問題から発せられているメッセージをどのようにして捉えていくか。

そんな視点を提供する事。


色々な気持ちが渦巻きながら、
そしてワルシャワでの経験を思い出しながら、
色んな感情が溢れて泣きそうになりながら
淡々と準備しております。

・・・・・・

写真を集めていたら、頂いた写真の中に
「dayaがいるよ」と。
よく見たら本当だw
スモールグループの参加者と共に歩いているわ。(笑)


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この図書館の中で、
ミンデルとちょっとしたプロセスがあり、
おしくらまんじゅうをしたのですが、
弱気になるとその時に言われた事を思い出します。
そして少し元気になって、
また頑張れるのです。

DSC06117.JPG
・・・・・

ちなみに、
これは国立大学の図書館なのですが、3年前に新しくなったとかで、
それまではワルシャワの図書館では自由に本を見る事ができず、
引き出しの中にある膨大のカルテの中から本の情報を取り出し、
それを転記して受付のかかりに渡すとその本だけを出して来てくれて、
1日だけ貸してもらえるのだそうでした。
「借りるかどうかを、実際に本を触りながら決められるなんて!
情報にフリーにアクセスできる!」
と喜んで興奮気味に話してくれた参加者の表情と
自分の世界とのギャップに驚きを隠せませんでした。
「日本にもいろんな制約と抑圧があるけれど、
それはすごい抑圧だったね」と返したら、
「え?抑圧なの?
それは言われるまでそう感じなかったわ!
それが私にとって、当たり前だったから。
でも確かにそうね!でも今は自由よ!」
と。

・・・・・

そう。私たちは抑圧されてる事はあまりにも当たり前すぎてわからなくなってしまうのです。
それが怖い。
その当たり前の枠から出てみること
当たり前を壊してみる事で、
やっとわかることがある。
日本のこともそう。
私は8歳でその枠組みから出ていく人生で、
どこかの文化や社会にアイデンティティを持てなくなってしまい、
それを恨んだ時期もあるけれど、
自分のグローバルな経験と視点のランク(特権)を改めて、
リアルに痛感した瞬間でした。
そんな経験談や視点も、報告会では分かち合っていきたいです。
まだまだ受付中でございます。

worldworkreportage.jpg

【7月6日】
ワルシャワ ワールドワーク 報告会

http://deepdemocracy.center/?p=75
posted by Daya at 19:10| Comment(0) | 想うコト・考えるコト

2014年03月30日

体感重視主義?

Meera とのプライマルペインティングのグループを体験して1週間。
私たち親子の間に微妙に変化が訪れている。

meera_lynn2.jpg

笑いが増えた。
素直に抱きついてきたり、だっこしたりとスキンシップが戻ってきた。
家の仕事をやるようになった。

一番大きいのが、
1対1の、どこか対等な感覚の関係性に変化した。

なにがどう影響したのかはわからないし、正直どうでもいい。
でも、これまで息子は2回、色を通しての体験をしている。
1回目はスイスのシュタイナー系のアートの先生であり、アートセラピストでもあるメンターの恩師に息子が6回のレッッスンを受けた。
日本では「にじみ絵」とか言われてるらしい、濡れた紙の上に色をのせていく。

当時、父親とはなれた寂しさなどをぐっと奥底にこらえているような印象を持っていた2年前のこと。
流さない涙の代わりにおねしょがなかなかおさまらなかったりした。

6回のレッスンを受けた後は、
まだ彼は父親の話を先生にしたがらなかったらしいけれど、
それでも彼は怒りを表すようになった。
泣くようになった。

なにか、彼の奥底のブロックのようなものがゆるんだ気がした。


今回のプライマルペインティングでは、
大人がワークしたり瞑想している間は外で自由に遊び、
Meeraがうまくリードしてくれて絵を書く事だけは参加していた。
絵を描くといっても、直観的に色で遊ぶのだが、好きに書いていいよ、絵を描きなよ、くらいで
あとはほっといてもらえた。

meera_lynn3.jpg

あるエクササイズで親子でペアを組んでワークをして
私たちはお互いがいかに相手に期待をして、
ダメ出しをして、
他者と比較をしているかに気づき、
振り返りのシェアリングの時に親子でそれを確認した。

「つまり、こういうことは親子でやらないほうがいいね。」
とか
「期待するね、どうしても」

ということが、体感を通したあとに言葉で確認し、合意がとれた。

Meera は本当に自由にしてくれるので
私たちはその自由な感じを家に持ち帰った。

私はどことなくいい加減になり、力が抜けて
息子は逆にしっかりしてきた。

なにが、どうなったのかはマジでわからないけど
でも大きく変わった事だけはわかる。

私が色やアート、そして体験していくことが
その人に与える影響を信頼しているのは
こういう実体験に基づいている。

一見関係なさそうな事でも、体験する事でナニカが動いていく。

それはでも、実際に動かないとだめで、
考えているだけだったり、
語ったり、
勉強してるだけでは、
残念ながら何も起きない。

shake the field

場を揺らす。

そんなイメージを常にもっている。

体感重視主義。

自分の中で譲れない軸。
そんなことを再確認した日でした。


posted by Daya at 01:20| Comment(0) | 想うコト・考えるコト

2014年02月22日

自分たちの事を語る場がない

昨晩のレディーストークの流れなのか、
ドメインをとられてしまったはずのものが
戻ってきました。
不思議。

スクリーンショット 2014-02-22 3.18.jpg



http://www.secondbb.net/


Sexualities 〜2nd B.B.〜
という企画集団をやってました。

当時は伏見さんとか掛札さんという方が初めてセクシュアルマイノリティとしてカムアウトした本を書いたり、
アカーという同性愛(ゲイ)の団体が府中青年の家の利用拒否について裁判をしていたりという時代で、
当事者どうしが出会い、
自分だけではないんだということを知って自己肯定をしていくことが
まずは最初の一歩でした。

ネットもまだなかったし、
本当に大変だったと思います。

私はその頃大学生でテレビで同性愛者がテレビ番組のネタになっていて、
視聴率をあげるために、カムアウト(モザイクをとる)をあおったりして
とてつもなく不愉快な場面に対してすごく疑問が湧いてきて
それを大学からお金をもらって海外でリサーチをしたりしていて、

社会のセクシュアリティや性意識、自分のセクシュアリティについて考える流れとなっていくのですが
まぁこの話はもうカビがはえるくらい古いので
この辺で省略。

とにかく、
むかーし、むかしの活動ですが
私のファシリテーションの原点となったものです。

また、アクティビズムというものについてとても沢山考えた
時期でもありました。

私としてはアクティビズムではなく、丁寧に話をする企画活動だったのだけど
活動家の人たちから当事者性を問われたり、
公共性を問われたりとして
本当に民主主義についても
市民活動についても
そういう活動の残念なところについても
沢山学んだ時期です。

あらゆる多様なセクシュアリティの人たちが集まっている場で
どうすれば気持ちまでを含めた
相互理解につながるのかと思い悩んでいた時に
プロセスワークと出会いました。

写真とかもめちゃくちゃ若くて笑っちゃうw

一生懸命だった。
未熟だったけど、精一杯、まじめにちゃんとやろうとしてました。


昨晩、ガールズトークをしていて、
やっぱり男も女ももっと自分の身体の話をしたほうがいいし
セックスについても、恋愛についても
好みについても
関係性についても
沢山話をしたほうがいい。
色んな人の話を聞いたほうがいい。

という確信が12年くらいぶりに戻ってきました。

性・セクシュアリティに限らず、
私たちはあまりにも自分たちの事を安全に話したり、
人の話を丁寧に聞いたりする場所も時間も関係性もなさすぎます。

今ならもう少し手法とか、スキルとか身につけたし
色々できるのかなぁと思い始めています。

OHカードとかもあるし。

さすが、数秘術的に私にとっては種まきの年の始まり。
こういう流れはなんだか自然なような気がします。

ナニカが始まる予感。
1人でははじめられないので、
仲間と出会っていこう。

いつか、私があの頃に考え、学んだ事もまとめたい。シェアしたいなぁ。

posted by Daya at 03:22| Comment(0) | 想うコト・考えるコト

2011年12月01日

とっても個人的な復興支援のシェア

この前の日曜日、無事に
「とっても個人的な復興支援
お土産をもってベジ・カレーを食べにいこう」の会が終了しました。

とてもほっこりとした、
心地よい空間と一時になりました。

$DayaのOHカードを使って自分とつながる・世界とつながる<InnerJourney> 

こんな感想をいただきました↓

・・・・・・・・・・・・

「とても楽しい集まりでカレーも美味しかったです。」

「とてもおいしいカレーでした。ごちそうさま。
ゆったりした空間でのんびりおしゃべりしました。」

「とておリラックスして素敵な会でした。
カレー美味しかったです。」

「今度はおともだちを5人誘ってこよう…
そして、新しいおともだちを10人つくろう。
美味しい時をありがとう。」

・・・・・・・・・・・・

物資は私が想像していた3倍くらい集まり、
その他カンパもいただきました。

いわき市に避難生活をしながらボランティアをしている友人は
残念ながらご親戚に不幸があり、
オンタイムでみんなとつながることができませんでしたが、
その分、自分たちの話もすることができたんじゃないかしら。

来た人たちは、自然に自己紹介をしたり、
自分のしっている復興支援や、
関西での支援活動など
色々な話をしていました。

・・・・・・・・・・・・

そう。
色んな話を、
自分を主体に話していける場。

それが作りたかった。

ただ、物資を集めるだけではなく、
ただ、お金を集めるのではなく

物資を集めていく、こちらでのプロセスが大切だった。

会場として、
あきゅらいず美養品の社員食堂
「森の食堂」は、とても広くて、気持ちのいいスペース。

会場を快く使わせてくださった
あきゅらいず美養品のコミュニティスペース
「森の学校」は、例の夏に福島の子どもたちが生活していた場所でもあります。
子どもたちと毎日、
森の食堂にごはんを食べにきていました。

同じ場所で、
今度は、自分が自分の個人的なつながりを通して、
個人的な、身の丈の規模でなにか、実際に動く。

動きたいんだ、と気持ちをシェアしたら、
「いいよ!」と快く、カレー担当をしてくれた愛ちゃん。

$DayaのOHカードを使って自分とつながる・世界とつながる<InnerJourney> 

前日からカレーを仕込み、高速バスにのって、
本格的な銀色のプレートまで持参してくれて、
2種類の本格インドカレーを作ってくれた。

美味しかった。

みんなでむしゃむしゃ食べた。
おかわりもできたし、
後から来た人が食べてるのをみると
「もう一度たべていい?」と第2ラウンドした人もいた。

場所が必要なんだ、と想いをシェアをしたら
「いいよ!」と場所を提供してくれたあきゅらいず美養品。
「いいよ!」と関わってくれたAちゃん。
来る人たちが
みんな、「こんな気持ちのいい場所があるんだ…」と
広い空間を楽しんでくれた。
この空間はとてもとても、大事だったと思う。
この明るさ、
この気持ちよさ。

せまっくるしい,うるさいところとか、一目を気にしなくちゃいけないとか、
時間通りにでなくちゃいけないとか、
そういうことをぜーんぶ抜きにして
いる場所があるって、全然違う。

場所があるという安心感。

福島の人たちは、今きっと安心できる場って確保するの難しいだろうな。

でも、私たちも東京で、結構難しいんだよねw

・・・・・・・・・・・・

「これでいい?」とホカロンを4箱も買ってきてくれたKちゃん。

用事がなくなったから、と来てくれたHくん。

当日の朝に連絡をしたら、
(メールでのお知らせがもっと上手になりたい)
たまたまタイミングがあって来てくれたMさん。
キャンドルをもってきたのに、
ライター忘れたドジなワタシ。
夢ハンカチもってきたのに、マーカー忘れたワタシ。
支援物資のお菓子は大量に集まったけど、
当日のうちらようのお茶を忘れたワタシ。
ぜーんぶ「はいよー」って持ってきてくれた。

Mさんつながりの新しいおともだちMちゃん。
ちょうどカレーが食べたかった、と
即決できてくれた。

OHカード・パートナーのメミさんのつながりできてくれた、
Kさん。駅から30分、徒歩で知らない土地を探しながらきてくれた。

参加できないけど、物資だけでも、という人たちも沢山いて、
本当に皆が、ちょっとづつ動くと、すごい動きになるんだ…

そういう実感がありました。

$DayaのOHカードを使って自分とつながる・世界とつながる<InnerJourney> 

ホカロンとお菓子を送ってくれた友人。
まだあったこともないワタシの息子にまで
チョコレートのスノーマンを。

上の写真は、
息子、荷物が届いて
「誰の?なに?」と興味津々だったのを
ワタシが
「これは福島に送るの」
「えーこのチョコも?僕もほしい!」
「ダメ…あ、一個は君のだ。」

といったときの顔でございます。

とても嬉しかったし、ありがたかったです!



個人的には、これはまるで、津波のようなのです。
雪崩、とかね。

小さな動きから勢いがついて、
大きくなっていく。

津波のロールを、3月20日の「津波のグループワーク」でやった時には
すでに大きくなっていた波の勢いは感じたけど、
どうすればそう大きくなれるのかわからなかった。

でもちょっと、今回はその最初の、
はじめの部分を味わえた感じがしています。

・・・・・・・・・・・・

今、沢山の活動が、すごい勢いで行われていて
圧倒されたり、
自分にはできないと思ったり、
そのやり方とか、いろいろと
自分とは異なっていて…

昔っからなのですが

ワタシは、ワタシの生活が豊かになるための、活動がしたい。

活動の犠牲になったり
活動によってしんどくなったり、
そういうことって、自己中心的に聞こえるかもしれないけど
本末転倒な気がしてならなかった。

セクシュアリティの活動にしても、
ジェンダーにしても、
その他の市民活動とか、
支援活動とか。

色んなありかたがあっていい。

自分に合う、やりかたってなんだろう。

今回の場は、
すごく平和で、
のんびりしてて
静かで
ゆるゆるで
深刻ではなく
そして美味しかった。

でも、
実際に物資は大量に集まり、
カレーは全部なくなり、
沢山、色んな話をした。

私たち一人一人ができることや、
過去や他の場所で一人一人がやっている
聞いているだけで、涙がでて、希望がもてて、勇気がわいてくるような
がんばっている人たちの話をきいたり

神戸の時の地震の話をしたり、

そしてやっと、東京での3.11の時に自分たちはどうだったか
先日もゆれたよね、どうなっていくんだろう…

そういう、私たちの話もできた。

大量のホカロンは、狭い我が家にスペースはなく、
車の中に置くしかなく.....
早く福島に送るぞー。ww

・・・・・・・・・・・・

実は、色々な所で、個人的なボランティア活動が被災地ではやりにくくなっているような、
NPOやボランティア団体がとても政治的にテリトリー争いをしているような、
そういう印象をうける、
残念な話をいくつか耳にしました。

その人たちは、きっと一生懸命なんだろうし、
自分たちの復興プランに熱意はあるし、
危険性とか責任とか
いろいろと複雑な事情はあるんだろうな、とは
思うのですが

実際に被災された人たちのほうがおおらかだったりして…

なんだか、被災していない者として
恥ずかしいというか情けないというか。

誰の為の支援なのか、
何の為の活動なのか…

昔から感じていた疑問が刺激されたりもしています。
その話はとても堅苦しいものになってしまうので
いつか、どこかで、
固く!あつく!語ることにしましょう。


今日はほっこりのまま終わらせたいので
この辺で。


あらゆる形で関わってくださったみなさま。

あらゆる形で、応援してくださったみなさま。

本当にありがとうございました。

またゆるゆるとやります!

カレーもまた作ってくれるといってもらってます!

次回もぜひ一緒にカレー食べながら話しましょう。
お土産もって、遊びにきてね。


・・・・・・・・・・・・

ご協力いただいた方、一部ご紹介です

カレー担当 愛ちゃん
http://ameblo.jp/arigatouan/

岐阜に住んでいるセラピスト。
「元気」「健康」というのはこういう人のことを言うんだと思う。
太陽のような人です。


会場だった「森の食堂」
http://blog.akyrise.jp/morisyoku/

基本的にはあきゅらいず美養品の社員食堂ですが、一般の方にも開かれています。
確実に食べたかったら、予約していくのがおすすめです。
ちなみに、先日のランチはこんな感じ↓

$DayaのOHカードを使って自分とつながる・世界とつながる<InnerJourney> 

地域や市民とつながりながら、共に様々な場をつくりだしている
「森の学校」
http://www.akyrise.jp/morinogakkou/

こちらの活動の一つとして、今回ご協力をいただきました。

そして、とてつもなくユニークで素敵な会社、
あきゅらいず美養品
http://www.akyrise.jp/

洗顔するという行為から、
自分の体に気づき、
自分の生活にたいする意識が変わっていくと
体がかわり、
心が変わり、
社会が変わる…

以前、代表の方から聞いたはなし
(まちがっていたらごめんなさい>だぶるMさん)

ほっこりコンテンツとか、かわいい手作りパッケージとか、
いろいろ見ると面白いです!


色々とありがとうございました!





posted by Daya at 14:25| Comment(0) | 想うコト・考えるコト

2011年11月20日

いわき市で避難生活をしているYさんと話しました。

先日、久しぶりにいわき市に避難して生活をはじめているYさんと話をしました。

11月17日にやる「個人的な復興支援」のための
ウィッシュリストを作るために。

しかし、まだまだ彼女の出向いている仮設住宅の状況が把握しきれずにいるので
具体的に欲しいものというのが言えないそうです。

ただ、今後お茶会をして、人が集まれるようにはしていきたいし、
回って行く時に少しお土産があったほうがいいというので

今回は

お菓子(生ものではないもの)

ホカロン

をウィッシュリストにすることにしました。

11月27日に遊びくる人は、
お菓子かホカロンを一つ買ってきてくださいませ。
買いに行く時間のない人は、
送料のためのカンパをお願いします。

イベントの詳細はこちら

http://kokucheese.com/event/index/21730/


・・・・・・・・・・

いわき市でも、富岡町の人たちがいるといわれている仮設住宅を回っても、
仕事をされているのか、荷物だけおいて他にいるのか、
なかなか人がいなかったり、
もう話をしたがらない人たちもでてきているようです。

Yさんの話によれば、
支援やボランティアさんがいくところもすごくギャップがあって、
例えば郡山とかはもうばっちりフォローされてるようだけど、
彼女たちのところは、
ボランティアさんたちが勝手にどうぞ、みたいな雰囲気だとか。

また、仮設住宅、であればまだましで、
多分借り上げ住宅に移動した人たちはどこにいるかわからないし、
バラバラになってしまっていて支援も情報も届いているのかどうか…

そんな感じの中で、Yさん自身が単独でボランティアとしてやったほうがいいのか、
職を探した方がいいのか、
パソコンなどができないので、そういうスキルアップをしたらいいのか、
悩んでいる様子。

・・・・・・・・・・

ワタシはある程度インターネットは活用できますが、
活用できる人たちだけが、様々な復興支援の情報を得ているような気がしてなりません。

また、東北にボランティア活動をしている知人たちからの発言からは、
有能なコーディネーターがいたり、
支援しやすいところはどんどん復興作業が進んでいるけれど、
そうではないところは
おいてけぼりのような状態とか。

まさに、富やチャンスがバランスよく広まっていかない構造と
似たようなことが起きているような気がしてなりません。

さて、このギャップを今後どう埋めて行くのか。

政府は?
ボランティアさんやNPOの団体は?
個人は?

数週間前に来週の告知をしたのにもかかわらず、
いっさい反応がないのも
不安だったりします。

チラシを渡したり、個別に話すと反応はいいんだけど。

個人的な支援って何ができるのだろう。

本当は現地にいって、その人たちによりそって必要なことを汲み取り、
共に考えていくようなプロジェクトをしたいんだけど
今はまだどうすればそれができるのかわからないし、
ワタシが夏のビックパレットで個人的につながったYさんを
個人的に、共によりそって応援していくことがまずはやりたいこと。

・・・・・・・・・・
Yさんには

「ビックパレットはとても大きくて、
システムが整っている避難所でした。
だからこそ、ワタシみたいなものもボランティアができたし、
それはいい経験でした。

そして今、こうしてDayaさんとつながりながら、
Dayaさんのお友達からも直接物資を送ってもらったり
そういうこと自体がとても貴重な体験です。」

といってくださいましました。

さすが、住職の奥さんだわ。

ふたりで「どうしましょうねぇ」といいながら
ぼちぼちとお互いやっています。

こういうつながり方、ワタシも初めてで、
今後どうなっていくのかとても楽しみだし
とても光栄です。

・・・・・・・

ぜひ、いわき市の方面でボランティアやネットワークを作っている人や情報がいたら教えてください。

また、富岡町のフォロー、支援の情報なども。

それから東京に避難しにきている人たちが今、

どういう動きをしているのか。

ワタシ、本当に余裕がなくて、

しかも視力のことで、

文字による情報収集がとても苦手なので、

ご存知の方がいたらぜひ教えてください。

・・・・・・・・・・

11月27日。

友人のカレーを食べに来ませんか?

ワタシは大好きで会うたびに作ってもらっているベジカレーです。

種類は毎回違うのでお楽しみに。

カレー食べなくても、ぜひお話ししにきてくださいませ。

当日、電話でYさんとつながってお話をきく時間も設けようと思っています。





























posted by Daya at 23:55| Comment(0) | 想うコト・考えるコト

2011年09月10日

本当にその人の声に耳を傾ける、ということ

最近、カウンセリングとか、
傾聴とかの練習の場にいることがあるのですが

会議とか、打ち合わせとか、
そういう場にもいることがあるのですが

ちゃんと、話が聞かれている場所
ちゃんと聞けている人に
なかなか出会わずに

正直、とても残念だし、
世の中、そうなの〜?!

とショックを受けているところです。


・・・・・

かくいう私も
振り返れば

人のハナシなんて聞けなかったし、
聞いているつもりでも、
頭の中は自分の思考や、
次にいうことで
いっぱいで、
忙しかったし。

沢山反省しています。

・・・・・

OHカードを紹介する立場になって

相手を、自分を尊重していくエチケットと出会い

それを紹介しながら実践していくことで

いつのまにか傾聴するということ、を

沢山考えさせられてきたような気がします。


・・・・・

それはとても非日常的で

とてもスペシャルなスキル。

いつでもそれがベストなスタイルとは限らないけど、

それができて、「やらない」のと

そういうことを知らずに、「やれない」のとでは

全然違う。

・・・・・

いつのまに、私は「安心して話せる人」と言われるようになり、

「ちゃんと聴いてくれる」と言われるようになり、

意識してそれを目指していたわけではないので

ずっと不思議でしたが

今年に入って

星の王子様のように

いろんな場に出向き、

色んな人たちと出会い、

その人たちのコミュニケーションスタイルを知れば知るだけ


なぜ、私が作る場が


「安全だ」と言われるのか

少しわかった気がしました。


・・・・・

外の世界に出た気分はまるで、

田舎者が、渋谷のスクランブル交差点とかに

突然たった気分。

話、絶対に最後まで聴かない。

なのに「あー、わかるわかる!」とかいう。

「わたしもさー」と自分のハナシに持っていく。

「ちなみにこうじゃない?」とか決めつける。

グループで話をする時。

自分のいうことで一生懸命でほかの人のハナシ聞いてない、とか。

「それってこうだよね」とジャッジしたり。

「うんうん!」とすごい勢いで頷かれて、その勢いにおされてしまったり。

正直、話す気がなくなりました(苦笑)。


・・・・・

どうすれば、多様な人々が同じ立場で安心して話ができるのか

どうすれば、強制しないで、話が進められるのか

どうすれば、人のことや、りくつではなく、

その人の個人的な話が引き出せるのか

などをもう、15年くらい追及しているワタシは

いつのまにか一生懸命そういう場づくりを目指し、

それが「普通」になっちゃっていた。


でも、世界は違った。

全然違った。

それが、ショックでした。

こんなにもギャップがあっただなんて。

・・・・・

でもだからこそ、

そういうスピーディーで、「乱暴」に感じたり、

「強引」に感じたり、「鈍感」に感じるような場で発言できない人たちには

この「安全な場」ということがすごくわかってもらえたりする。

私が大事にしていることが共感してもらえたりする。


OHカードは、そういう場を作りやすくしてくれる

とても心強いツールの一つ。

いかに自分が聞けてないかを、

つきつけられる、鏡のようなツールでもある。

誰に言われるのでもなく、

自分で気付いてしまう。

いかに、頭が忙しくて、人の話を聞けてないか。

いかに、自分がすぐに人のハナシをきいて相手を決めつけてしまっているか。

いかに、口を挟みたくなってムズムズしてしまうか。

・・・・・

でも気付く、ということはとても素晴らしいこと。


気付けば、そこに意識が生まれる。


意識すれば、なんでも変えていけるのだから。



・・・・・

カウンセリングを勉強中の方、

人の話をちゃんと聴ける人になりたいかた。

ぜひ、OHカードを体験しにきてみてくださいな。

沢山うなずいて、感情を引き出すのでもなく、

そっと、人の話に耳を傾ける。


とても、やさしくて静かな時間です。



とっても、不思議な「非日常」を味わいに来ませんか?


【9/13 OHカフェ@東京(三鷹) 】
==================
OHカードやエチケットの紹介、基本的な遊び方をいくつかやってみます。
現在、ネット販売しかしていないので、実物をじっくりとご覧になれるチャンスです。
ぜひご参加ください。
==================

【日時】  2011年9月13日(木) 13時15分〜15時半くらいまで 
【場所】  三鷹駅より徒歩5分 (お申し込みのあった方にお知らせします。)
【参加費】  3000円 
【定員】  10名
【OHナビゲーター】 Daya (OH-cardジャパン 代表)
【お申込】  050 5532 3584  / info★shantidaya.com
★と@マークに変えてください。
お申し込みの際は、@お名前 Aご住所 B電話番号 Cメールアドレス D参加人数 をお知らせください。
お申し込み時に会場などの詳細をお伝えします。


詳細はコチラもちぇっく


posted by Daya at 00:50| Comment(1) | 想うコト・考えるコト

2011年08月04日

つながるためにも

http://twitter.com/dayanow
より


twitter.png

「判断するということは責任が生じるということで、今それを誰もやりたがってなくて、手をパッと話して触らないようにしているような、そんな感じ。「問題」を起こすと誰も触れてくれない。だから問題を起こさないようにする。そういう感じで関係性の距離ができて、問題には誰も関与しなくなる。」



私たちは責められるのが怖い。

だから、関わらない。

だったら、関わらない。

そりゃそうだよな。

怖いもんな。


・・・・・・・・・

でも、それじゃぁ…

そういうわけで

孤立していく。

つながれなくなる。

関係性が深まっていかない。

もったいなさすぎる。


・・・・・・・・・

「私があなたと関わる時、

私はあなたに責任がある。

あなたが私と関わる時、

あなたは私に責任がある。」


そんな言葉を、

どこかで読んだことがあるんだけど

どこだったかな。



・・・・・・・・・


私は私の人生に責任がある。

世界が一つ、

ワンネスという世界観がある。

私はそれを実感する体験が沢山あって

本当に、他人事は自分ごとなんだなぁと

思うことがある。


そして、地球人としての責任がある。

それは数年前にパレスチナ人の女の子との対話の中で

深く感じたことなんだけど、

私たちはこの星に住んでいるものとして

どういう世界にしていきたいか。

私はそのためになにかアクションができているか。


自分に問うことがある。

・・・・・・・・・・・・

最近は「責任」という言葉をキーワードに

私の周りで大人たちが

慎重になっている姿が沢山みられる。

責任がもてないから、やめる。

責任がもてないから、帰す。

責任がもてないので、関わらない。

責任が持てないから、言わない。

責任がもてないので

責任が

責任が…

なにかあったときに…


「そして誰もいなくなった。」

なんてね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

どうしたら、色んな想いを尊重しながら

私たちはつながっていくことができるのだろう。

どうすれば、私たちは色んな恐怖を手放して

自分や世界をもっと信じて

前進していくことが

できるのだろう。


・・・・・・・・・・・・・・・・

人とつながるのは楽しい。

わかりあえた時、それは嬉しい。

一人じゃないんだ、ということがわかると、ほっとする。

信じられることは力になる。

私たちは、そういうことを知っていると

それは生きていくパワーになる。

私たちは、そういう力を持っているんだ。


もっともっと、つながりたい。

わたしはあなたと、つながっていきたい。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




以前、ワールドワークで感じたことを

ブログに書いています。

もっといっぱい書きたいんだけど

生活が忙しくてアウトプットできてない。

歯がゆい。

あれから時が流れ、
思うことや感じることは微妙に変化しつつも
とりあえずあの時に感じたことを
ここでご紹介。↓



【現地レポート&コラム】


◆ 2010年4月
アイスランド火山噴火による航空便の乱れのためワーク参加を断念いたしましたが、
現地友人とのシェアリングや、イスラエル情報交換会(東京)への参加等を通じて、
関わり続けています。

◆ 2009年11月
【ワールドワーク】やっぱり本物の銃は怖いよ!
http://shantidaya.sblo.jp/article/33699473.html

〔ワールドワーク〕報告会やります!
http://shantidaya.sblo.jp/article/33651702.html

葛藤の渦、ワールドワークで地球の声をチャネリング@イスラエル
http://shantidaya.sblo.jp/article/33688479.html


◆ 2009年3月
【ワールドワークリポート1】子供からの声。「どうか、僕を叩かないで。僕に自由をください。」
http://shantidaya.sblo.jp/article/28311821.html

【ワールドワークリポート2】「問題」の大きさが持つランク(パワー)。イスラエル人の声。
http://shantidaya.sblo.jp/article/28373923.html

イスラエルへの想い(1)−ガザ報道に寄せて
http://shantidaya.sblo.jp/article/25473451.html

イスラエルへの想い(2)ワールドワーク@イスラエルにいってきます
http://shantidaya.sblo.jp/article/27521421.html











posted by Daya at 10:40| Comment(0) | 想うコト・考えるコト

2011年08月03日

【眼のハナシD】比較なんてできないのに


息子や私の眼の話をすると
反応が大きく二つに分かれる。

わかってよかったね、の次に

一つは
今まで大変だったしこれからもイロイロ大変だろうけどいい方向に向かうといいね、と応援してくれる声。

うん、そうなの。ありがとう。

で気分よく終わる対話の瞬間。


もう一つは、じゃあもう大丈夫だねとか他の障害の人よりマシだねとかいう声。
言葉にはなってないけど言葉の間に

「大変なのはあなただけじゃないんだからそんな大袈裟にしなくても。あなたなんかよりもずっと大変な人がいるのだから、発言や言動に気をつけなさい。」
みたいなニュアンスがプンプンと匂う。


人の苦しみや大変さなんて比較できないのに。


………………

私はスイスで差別を受けつづけた時に、子供なりにユダヤ人の迫害の歴史と比べて「私が受けている差別はあそこまでひどくない」と我慢した。
心が壊れてしまうまで。


摂食障害になった時に母から
「アフリカでは毎日人が餓死しているのに」
と怒られた。

全然違う問題なのに。私の心が餓死しかけていたのに。

……………

私が私の問題を真剣に受け止め、自分にとっての事の深刻さを受け入れて自分を大切にしはじめた時に初めて
私は人の悩みも 「そんなこと位で悩むなんて」と思わなくなった。

……………

「自分だけが大変だと思うな」

「皆大変なんだからあなたも我慢しなさい」

そんな文化的な規範が日本にはある気がしている。

和を大切にするあまり個人が自分を大切にしにくい社会。

今あらゆるレベルでそのからくりを目にしている。


個人的な生活レベルも、被災地でも、政治の世界でも。

その構造は理解して見えるようになっても、私はそこに同意も同化もできないと痛感する毎日。


日本の思いやる心や、素晴らしいチームワークが大好きだけど、場合によってはそこに犠牲になっている個人のことを思うと、個人主義に育てられた私は悲鳴をあげる。

息ができなくなる。

どんなに叩かれようと、避難されようと、私はもう二度と、私の苦しみを他人と比較しないし、私が苦しいことは世界中の皆がそれを大したことないと言ったって、認めたい。


でないと他人の苦しみも否定してしまいかねないもの。

あぁ、感情が高ぶってうまく書けない。


そんな日もある。



posted by Daya at 12:48| Comment(1) | 想うコト・考えるコト

祝島の人々がもう30年近くやり続けてくれていること

(7月2日のアメブロの日記より転記)

今日は映画を見に行ってきました。


mitubati.jpg


http://888earth.net/index.html


山口県の祝島という小さな島のみなさんが、
4キロ離れた岸につくられようとしている原発に反対して
ずっとがんばってくれてる人たちのドキュメンタリー。

それに、スウェーデンのエネルギーについての発想と
すでに実現されているエネルギーの種類と、国民が選べる選択肢たち。

ちょっと長くて疲れましたが、
原発というものが
単に怖い、とか放射能が、とかそういうことじゃなくて、
そのシステム自体がいかに地球を破壊してしまうかという理解にもつながったし

実はエネルギーは他にもいろんな方法と考え方がある、
という、実現可能な、
創造的な可能性も知ることができた。

なによりも胸をうたれたのは、
毎日の農業や漁業をやりながら、
そしてそれらを犠牲にしながらも
30年近い生活の一部を
反原発のボイコット運動にささげてくれている
祝島の原発反対派のおばあちゃんとおじいちゃんたち。

…自分の生活のためとはいえ、
あそこまで長い時間を
自分の人生を反対運動に費やすということは
どれくらいの意志の固さと覚悟が
その後ろにあることだろう。

あの人たちがしてくれてることは
自分たちの生活を守るため以上のことです。

原発によって破壊されてしまう自然。
その破壊されてしまった自然によって
影響してくる様々な生き物たちの命と
なによりも私たちなんかよりもはるか昔から
この地球がもっていた
自然の循環が壊れてしまう。

ことの重大さを理解している人たちだからこそ
できるアクション。

継続することが、どれくらい大変なことか。

そのことで人間関係が変わってもやりつづけることが
どれだけ辛いことか。

それでも皆元気に、淡々と続けているのです。

日常のひじき取りも
びわや豚の世話も
古来から伝わるお祭りも。

人間の力を感じました。

私たちにはきっとできることはもっとたくさんある、と感じました。


「原発は島の人たちをざっくりと(賛成派と反対派に)分けてしまった」
というおばちゃんたちの言葉には
沢山の複雑な想いと思い出を感じ取ることができました。

代表の方の
「私たちは工事が進まないようにひきのばすことをするけど
阻止は私たちだけではできない。
引き延ばしている間に
社会の認識が変わってくれることを祈るしかない。」

と話しています。

そっちは、私たちでもできるよね。

・・・・・・・・・

葛藤ファシリテーターの立場としては、
原発を作ろうとしている国や中電と、
反対しているという人たちの
固まりきった警戒心と怒りの壁を
どうしたら相互理解につなげていけるのだろうと
ずっと考えていました。

ただ、
原発を作らない、
原発を諦めてもらうことが目標なのであれば、
あの怒りをぶつけてボイコットするやりかた「だけ」では(だけでは、ですよ!)
すごく時間がかかるし、
ストレスも多い。

別の形の交渉ができれば
相手がゆるんでいくこともできるだろうし、
多分、彼らは原発が作りたいんではなくて、
仕事を進めないと怒られるとか、
プライドとか
恐怖とか
組織の事情とか
そういうところもすごく大きいと思う。

中電にとってはあれはビジネスというよりは、もう
「成功させねばならないもの」であって、
祝島からすると
「生活がおびやかされるもの」。

そしてその二社の間には、
原発と
自然と
これまでの犠牲者と
これからの子どもたちと
世界の祈りが
あるような気がする。

それら抜きには、
この問題は語れないような気がする。

うーん、でもさすがに2時間ちょっとの映画で
ずっと戦ってる映像をみて
疲れ気味の身体に今すごく応えていて、
これ以上、なにも考えられません。

もう少し時間をおいて、
追記しようかな。


でも祝島とその周辺の皆さんのストレスや疲れなんて
きっともっと計り知れないくらいなんだろうな。

比較してもしょうがないんだけど、
今の自分の体験を、
想像力を働かせるヒントにはつなげられる。

この前、知人が祝島にいってきた、アート関係のプロジェクトなどがあって、
すごく面白かったといっていました。

いつかいってみたいな、という島が
実はこの島だったなんてね。

アンケートに
「今後やってみたいことは?
1)他の反原発の映画をみる
2)勉強会に参加する
3)…(おもいだせない)
4)その他」

とあったので

私は

「4)その他(祝島にいってみたい)」 

と書いてました。

私は現場にいきたい。

現場の人たちと出会い、
その場の雰囲気を感じ、
匂いを感じて
場を読みたい。
(ついでに美味しいというビワも食べてみたい)

イスラエルでも
アメリカでもそうしてきたように。

あぁ、今は先立つものがない…orz

誰か!

私を祝島に送り込んで!


posted by Daya at 12:02| Comment(0) | 想うコト・考えるコト

2011年06月16日

眠れない夜


moon.jpg


10年ぶりの長時間、今夜皆既月食


3・11の震災からずっと自分の中はぐじゃぐじゃで

生活リズムや睡眠時間とか

食欲とか生理のサイクルや

体調とか

どことなく「変」。

そのアンバランスな、微妙なズレが

つもりつもってきていると感じている今日この頃。

6月5日に行った津波のグループワークでは

それが私だけのプロセスではないということがわかって

グループの力を借りながら

各自が自分の内側のメンテナンスをした。

でもそれは単なるはじまりで、

そこから自然に

身体のメンテナンス

心のケア

感受性、感性が刺激されるようなところに

運ばれていって

蓋があいてしまったようで

ちょっと今まだ、というか蓋をしていた時よりも

そうとう揺れている。

今日は特に月の影響もあってか

眠れない夜。

インターネットの世界をふらふらしていたら

衝撃的な言葉にであった。

それは自分が今までネチネチと悩んでいた対極にいる

強い言葉だった。

自分の意気地のなさを痛感した。

そして自分で自分を縛ってしまう癖。

いい人を演じてしまうパターン。

ついつい、周囲の期待や好意に条件反射的に反応してしまう

私の人生のありかたに

冷水をかけた。

「忘れたらちゃんと思い出させてくれるプロセスがやってくるんだよ。」

と師・アーニー・ミンデルは優しく教えてくれたけど

本当にまったく、その通り。

さ・て・と…

気づいたことだし、

行動に移すかぁ〜。

怖いけど。



お月さま。 私に自分の真実を生きる勇気をください。
posted by Daya at 17:20| Comment(0) | 想うコト・考えるコト

2011年05月18日

ふんばろう東日本プロジェクト

友人の友人のブログで、
やはり支援物資も義援金もちゃんと必要なところに届いていないと知った。

BLOG「黒森庵の、こんくらい」より↓
続きを読む
posted by Daya at 00:44| Comment(0) | 想うコト・考えるコト

2011年04月28日

丁寧な別れ方のススメ

IMG_2710.JPG


「突然の別れ」が、勃発中。

地震で休校が続いて、定年退職される担任の先生とちゃんとお別れができなかったり。

突然、お友達が引っ越し(疎開)してしまったり。

被災地でも、沢山の「突然の別れ」が起きたし、今もきっと起きているはず。

「死」という肉体的な別れもあれば、

形が変わる、という別れもあるし、

それをどう解釈していくのか、どう体験していくのはその人それぞれ。

ただ、私は「別れ方」によって、

その後、自分の中に残るその人との関係性や思い出は

180度違ってくると思っています。

これは自分の体験がもとになっている自論です。


続きを読む
posted by Daya at 01:20| Comment(0) | 想うコト・考えるコト

2011年03月23日

津波のワーク、その後


日曜日の津波のワークには沢山の人がきてくれて、

みんながそれぞれにとてもコミットした深いワークになりました。

気がつくと、

そこで起きたことを思い出したり、

逆に今感じていることを通して、

あの場に出てきた色んなロールとであったりしています。


プロセス指向のワークだから

終わりはないし、

答えもひとつじゃない。

でも、みんながそれぞれに

何かを感じて、

何かを発見して、

それが日常をみる視点を増やしたり

深めたりする支えになればいいな。

レポートというよりも

個人的なシェアという形で

私の個人的な気づきを

書いていければいいなと思ったけど

まだまだ、言葉になりません。

大きく距離をとってみると

この出来事は日本人、そして世界にとっての

なにかのチャンスなのかもしれない。

そういう見方もできます。

私も、今回の出来事ですごいスピードで

意識の時限の変化や変容を体験しています。



でも私は、今もまだ

必死で助けを待っている人たちがいると思うと

とにかく胸が痛い。

今もまだ、寒い中、ぐっと事態がよくなることを

祈り、そして出来ることをしていらっしゃる

被災地のみなさんのことを思うと、

なにか出来ないのだろうかと心が足踏みをする。



先日のグループワークで集まったカンパのお金は、
コチラのNPOに寄付をしました。

NPO法人 仙台夜まわりグループ
http://www.yomawari.net/


ポートランドでホームレスのワークをずっと続けてみて、

そして夜回り三鷹の代表の人とも話したりして、

どうしてもホームレスの人たちのことは

常に気になっています。

たまたまtwitterで地震直後から

炊き出しをしている所が、このグループでした。

さすが普段から、家のない人たちのサポートをしているだけあり、

そのてきぱきとやっているレポートは

とても心強かったです。

ポートランドでのワークも、

ホームレス問題は、私たちにもとてもリアルだ、という声は

出ていましたが、

こういう形で「家が無くなる(=home less)」体験は誰にでもありうるのです。

そんな時にどんなサポートが必要なのか、

この人たちはきっとよくご存知だろうと

思って応援しています。

仙台はまだガスが通らずに、

お風呂に入れない人たちも沢山いると、

親戚から聞きました。

オール電化の家は、お風呂に入れているようです。

電磁波の影響を考えると、

オール電化のイメージがあまりよくなかったんだけど(笑)、

ちょっとイメージアップしました。


・・・・・

smilecockie.jpg


色んなことが色んな所で渦巻いてる中、

私の日常は日常で進んでいるわけで。

息子はいつの間にか、

春休み。

気づいたら、もうすぐ4年生。

4年生になると、学童とか、ファミリーサポートとか受けられなくなります!

きゃー。

低収入の一人親家庭の新たなるチャレンジが。

特に今、地震に怯えて一人でいたがらないのに。

どうしましょう、さぁ!どうしましょう。

そういう切実な問題があったりするのでした。

なんとかなるでしょう、なんとかしてやる!

と思うしかないね。


そんなわけで(どんなわけで?)

今晩も、一緒にスマイルクッキー作りました。

今回は息子が顔を手がけてくれた。

2回目だし、焦がさずにできました。

なかしましほさんのレシピ、まじオススメです。

(粉食べすぎに注意!)





posted by Daya at 01:30| Comment(0) | 想うコト・考えるコト

2011年03月08日

考える癖

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幸せで満たされているはずなのに、
気がつくと落ち込んでる。

そんな繰り返しの毎日。

陰陽でいえば、

陰・陽・陰:陽の繰り返し。

宇宙は動いているものだから、

変化が自然。

でも疲れるほどにそのアップダウンが激しいと

落ち込んでいるのか、

自分で自分を落ち込ませているのか

疑いたくなる。


幼児期や長い間、苦しい日々を過ごしてきた者は、

幸せであることや楽で過ごせるということが

信じられない。

未知だから。

信じられないと不安になる。

安心するために、

なじんでる「しんどい」状況に自分を(無意識に)もっていこうとする。

そしてしんどい状況をつくりだす。

そんなことをしちゃってるのかもしれない。

こりずに、なんども、なんども。

でもそのトリックももういい加減見抜けるようになって、

落ちていきながらも、これが自分で作り出している現実なんだということもわかっているので

無理にもがいてますます落ちる、とか

死にたくなっても実際に死のうとしない、とか

数年前よりかはだいぶ「覚めて(さめて)」きている。

自分の作り出す物語にはまりこまずに、

色んな物語の狭間にいてそれらを眺めている自分も育ってきている。

それでも、しんどい時はしんどい。

そういう時は、無理にポジティブに考えようとか、

そんな自分を批判して嫌いになるとか、

がんばらなくていい。

落ちたままでいる。

宇宙の法則、

「いつかは変化するだろう。いつまでもこれは続かないだろう」

というふうに思うようにして

放っておく。

生きてるだけでいいじゃん、と自分に対する期待値を最低限にしてあげる。


もし、自分を落としてしまう思考の癖があるのであれば、

それにまず気づく。

そしてそっと、そこに巻き込まれないようにする。

そして、その波が過ぎるまでじっとしてる。

癖は意識すればきっと、変えられる。

でも時間がかかる。

少なくとも私にとっては。

頑固だし、保守的だし。

あっというまに幸せに楽チンになっちゃったら、

これまでのはなんだったの?ってきっと思っちゃう。

そんな(余計な)警戒心とかもあるし。

でも自分で「だから幸せになれないんだ」と卑下するよりは

そうだよね、と受け止める。

自分は大変だったのだ。

自分なりに、大変だったのだ、と。


覚えておきたいのは、

気持ちがいいほうに私たちの意識は向きたがる。

沢山気持ちのいいことをしてあげよう。

これまで知らなかった、気持ちのいい世界を見つけていこう。


(注:幸せに日々過ごしていますのでご安心ください&いつも気にしてくれてありがとう。)


・・・・・

[3月27日午後]

プラトンの立体(紙・4面体)、つくる会します。

あと二人くらいなら参加できます。

あまり事前に多くは語りたくないので、

興味のある方はとりあえず体験してみてください。

詳細についてはご連絡ください。


写真は6面体のもの↓


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posted by Daya at 10:40| Comment(0) | 想うコト・考えるコト

2010年12月14日

「素直」という選択可能なライフスタイル&米粉のパン屋

【お知らせ】
◆2011年3月19日〜21日◆Dayaの<怒りのレッスン>怒り悲しみを生きる力に。3DAY合宿@徳島開催決定しました。

◆2011年4月〜◆<気づきのレッスン@神戸>〜Dayaと気づいて許して変容していく1年間〜2クール目開催決定しました。
詳細は後日BLOGにアップします。

[お問合せ・連絡先]Daya daya.session★gmail.com (★を@にかえてねー)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


pan.jpg

素直な人が好き。

ワークショップや、セッションしてても、
自分がどこかの学びの場にいても

素直な人と出逢うと気持ちがいい。


たいてい、そういう人はスースーっと
気持ちよく前進していく。

苦しいときすら、楽しんでいるゆとりを持つ。

もつ、というより

持つぞ、と選択しているのが解る。



私は素直な面もあるけれど
長年ひねくれ者な部分があって、

小さい頃なんて今思えば沢山自分で自分の首を絞めていた。

それにももちろん、
私なりのちゃんとした理由があるし
そこも含めて、
私も人間臭いなぁ、と
愛おしいのだけれど

やっぱり素直な人が好き。

素直になりたい、と素朴に思う。

素直、とは一つの「性格」や「状態」ではなくて
一つの選択なんだと思う。

物事に対する向き合い方のスタンス。

素直さパワーを実感していると
できるだけそのスタンスを無理なく選択していきたい。

そうじゃない自分がいるときは、
素直にその状態について
向き合いたい。

今日はとても嬉しいお店に出逢いました。

ウチの近くに
数ヶ月前にオープンした、
米粉を使ってパンを焼いているお店。

夏に3週間ほど半断食生活をして
自然と小麦粉を食べなくなり、
おへそから下の内臓らへんが
すごく楽になって、
その後また小麦粉を食べたら
ズドンと重くなって、
グルテンについて考えるようになった最近。

普段、恵那のPAPA@KITCHENにお願いして
米粉で作った人参クッキーを定期注文しているのですが
徒歩2分の所に米粉のパン屋が現れたときは
「私のためにここにオープンしたの?」と
思ったくらいでしたw

でも買いに行くと、せっかく米粉なのに
使っているのは白砂糖。

Dayaはウチに砂糖がないくらい砂糖は好んでなくて、
うーん残念!

購入時に確か
「甜菜糖は使わないのですか?」と話しかけて、
白砂糖が敏感な人にとってはどんなに負担か、
せっかくの米粉なのに、もったいなーい!

と甜菜糖やメープルを使う提案をしたのでした。

そして、さきほど久しぶりにふらっと寄ってみたら、
なんと、全部の商品が甜菜糖になっていました。

すげー!
嬉しい。

上の写真はシナモン米粉パン。
2切れで100円。

モチモチした食感にシナモンと
安心した甘さがすごく素敵で
はまりそうな商品でした。


BAKERY HIRO
http://komeko-pan.net/

素直な人をみると、応援したくなりますね。

そしてこれで安心して友達にも紹介できるし、
お土産にも買ったり出来るなぁ、
近くにこんなパン屋さんができて嬉しいなぁと
ホクホクなのでした。




白砂糖についてはコチラの冊子が詳しいです↓
『白砂糖は麻薬!?』

satou.gif



購入はコチラ↓
http://www.biken-guide.co.jp/mayumi/supervise.html

コチラのブログに詳しい紹介があったよ↓

http://ameblo.jp/mochimai/entry-10645412183.html
posted by Daya at 14:03| Comment(0) | 想うコト・考えるコト

2010年10月30日

喪失感&死のレッスン、それは生のレッスン

<今日の一言>東京は突然冬がやってきたかのように寒くて、身体がびっくりしています。足元、特に足首、それから喉のあたり、おなかは冷やさないように腹巻・レッグウォーマー・ホカロンを上手に活用しましょう!お風呂も入るんだぞー。シャワーだけなんて×だぞー。


zen2.jpg


大好きな存在の魂がまだ肉体にいて生きていてくれてるときは、
どんなに恋しくも、
また再会できるという希望が持てた。

会えるなら、死に物狂いで会いに行くのに。
そして相手が生きていてくれてる間はそれが理屈では可能だ。

その存在が亡くなり、死というプロセスで魂が光に還ってしまうと、
もう触れることが出来なくて。

生きている方の胸は張り裂けそうだ。

逢いたくても、いつかまた逢えるという、
自分に言い聞かせてきた理屈がもう通用しない。

死を切望するほど生きるのが辛かった時、
生きる方が痛くて怖かった時、
でも生の世界に留まりなさいと、死の世界に行くことを許されなかった時、
私はいつ死んでも悔いのないように生きようと決めた。

あれから月日が流れ沢山の経験が私を少し柔らかくして優しくしてくれた。
力が抜けて楽になった。

その分、少し妥協を覚えて、
少し、明日に引き伸ばす癖を許すようになった。


でも大切な存在がまたひとつ、
この肉体の三次元の世界から去っていくとき。

その出来事は私に思い出させてくれる。

生きるとは、

「イマ」の、
この瞬間の奇跡のこと。

「明日」とか「いつか」なんて幻想で
5分後に自分が生きてる保障なんてない。

その時に悔いないように、今をフルに生きたい。
エンジョイしたい。
人生にコミットして、未知なる瞬間に飛び込んでいきたい。

シャンティ、リマインドしてくれてありがとう。
もう一度、あなたに触れたかった。

また、いつか、どこかで。

posted by Daya at 02:34| Comment(0) | 想うコト・考えるコト

2010年09月15日

「愛」の力

<今日の一言>先日映画「プール」をDVDで借りてきまして、それをみてムショーにタイの麺が食べたくなり、今日はランチミーティングで久しぶりに食事をしました。勿論大好きなタイ料理屋さんで汁なし麺、ベジバージョン♪美味しかったです。

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夏休みに、息子の希望でTDLに行きました。

そこで友人が撮ってくれた写真の中に、

3人の素敵な笑顔がありました。

ちょっとだけ映ってるのは私のモトツレで、
人生で最も長く、密度も濃く
時と空間を共に過ごした人。

別々の道を歩むことになった時は、

信じられなくて辛くてそれはそれは

すごい修羅場でした。

でも、今はこうやって共に笑顔で過ごせてる。

痛みはまだお互いあるけれど、

これでよかったと思えてる。

なによりも、息子の存在はお互いにとって大きかったです。

彼に対するお互いの愛と、

彼が私たちに抱いてくれている愛の力が

あのどん底のようなプロセスを変容させていく原動力になってたな、と

改めて確信をしました。

色々な形の「愛」があり、

色んな形のつながり方がある。

それは辛かったり切なかったりもするんだけど

愛がないより全然いい。

「愛」のパワーを感じたのでした。

子どもって、すごいなぁ…


週末はついにワールドワークです。
ドキドキです。
posted by Daya at 00:40| Comment(0) | 想うコト・考えるコト

2010年08月19日

出来事をどうみるかはジブン次第

最近、mixiは全然みてなくて、
twitterとかアメブロのほうが活発です。
たまにはそちらもチェックしてみてね。

twitterのまとめ:
http://twilog.org/dayanow

アメブロ
http://ameblo.jp/shantidaya/

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今日は「借りぐらしのアリエッティ」を観にいってきました。

風景や家がすごく美しくて、さすが、スタジオ・ジブリ。

内容としては監督が宮崎さんでなかったのが残念。

彼の持つメッセージ性とその伝え方・表現の「深さ」が欠けていたように思いました。

多分ここがミソだろう、という場面のせりふが

単なる「ダイアローグ」で終わってしまっている。

これじゃぁ、あらゆる世代には伝わらないし

すごく早歩きな感じがしましたがこれ以上書くとネタバレになってしまうので

「ちょっと、残念」

とだけ書いておきましょう。

でも確実に、目の保養にはなります。

そして、ほっこりします。

小さい頃、絶対に小人っていると思っていたというか、見た気がしたのだけど

大人は全然信じてくれなくて。

そんな時、北海道のお土産にコロポックル(アイヌに伝わる妖精)のキーホルダーをもらい、

やっぱりいるんじゃん!と嬉しくなったのを覚えています。

そして今でもDayaのバックにはそのキーホルダーがあるんです。

特に大切に取っておいた訳じゃないんだけど、

いつの間にか戻ってきたというか…

とにかく、そういう世界がこうして映画化されていく時代って素敵になったもんだと

思いました。

・・・・・・
今日書きたかったのはでもアリエッティの話ではなくて (違うんかい!)

予告編でみた一言。

「楽しもうと決心すれば、たいてい
いつでも楽しめるものよ。」



これは、ジブリ作品「赤毛のアン」のキャッチコピーなのだけど

すごく大事なことをいっているなぁと。

先日観た「ベスト・キッド」というカンフーの映画でも、


「人生のどん底に落ちた時、這い上がるかどうかは自分次第だ」


というジャッキー・チェンの台詞に激しくうなずいたのです。

OHカードのワークショップでも常に皆さんに伝えているのが、

「カードに見えていることを、ジブンはどう観るか、どうみたいかは

ジブンの選択」


という真実。

カードでなくてもそうです。

ジブンにおきた事を、どう受け止めるか、どうみるか、どう使うかは

すべてその人の選択と行動にゆだねられています。

究極の阿弥陀くじみたいなものね(笑)

私たちは肉眼だけでひとつを「見る」のではなくて、

あらゆる方面から見ていくことができます。

よしもとばななの作品を私はとても愛しているのですが、

そこにもやはり、どんなにしんどい状況でも

そこでその人の強さが選択されていく姿が読んでいて心地よいし、

勇気付けられるし、

沢山のヒントをもらえるから。

「私なんかダメだ」とか

「しょうがない。できない。」とか

「不可能」っていうことを感じる人は、

その道を選んでいる。

それを選ぶことで、本当に心の奥に耳をすましてみると

そのほうがその人にとってはいいことがあるんだと思うんです。

「無理だ」と思うことは、

とてつもなく正確に表してみると、

その瞬間、その人にとって

「無理のように見えている。つまり、他の可能性が見えていない、もしくはみようとしない。」

ということなんだと思うのです。

強いのがよくて、

弱いのがダメ、みたいな社会通念とジャッジがある現状でこういうことを書くと、

まるで強くなくちゃいけないと読まれてしまって

ムッとする読者の方もいるかもしれないので

これまではあまりそういうことは書いてこなかったけど、

やっぱりそういうことなんだなと思うんです。

いい、悪いではなくて、

そういうことなので、その結果ジブンが体験することは

ジブンの責任だよね、ということが言いたくなったのです。

環境や他人のせいではないよね、と言いたくなったのです。


あなたは、今この瞬間、ジブンのためになにを選んでますか?

ちゃんとそれを自覚してますか?


それはジブンにも言い聞かせていること。

せめてジブンの選択、自分の感情くらいは最低限ジブンで責任を持ちたいものです。

それが本当の意味での「自立」だし、「責任感」だと思うのです。


色んな見方が私たちはできる。

実は気づいていない景色や捉え方やジブンの選択できる道がある。

いくらでも、私たちはジブンでジブンを幸せにしていける。

Dayaワークでは、そういうことを体感してもらいたいなぁ。

だって、幸せになるために私たちは生まれてきたんだもの。


・・・・・・・・・・・・・・・・・
次回のDaya企画は

◆DAYAの、体感型葛藤ファシリテーション講座
【関東シリーズ】2010年9月23日(木・祝)  13時〜17時
Dayaの体感型ファシリテーション講座
【お申込・お問合せ】タコさん takakoi★est.hi-ho.ne.jp
 (★を@にかえてね)

葛藤から勇気と感動と力をもらう、
DAYA流の葛藤ファシリテーションが体感できる4時間です。



感謝!!
Dayaの体感型ファシリテーション講座、沢山の推薦文をもらっちゃいました!
コチラです!
http://ameblo.jp/shantidaya/entry-10611337789.html








posted by Daya at 01:57| Comment(0) | 想うコト・考えるコト