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2018年01月04日

再up【眼のハナシD】比較なんてできないのに

★再upの経緯★
この記事は2011年3月にアップしたものです。
おかげさまでアーレンシンドローム(光過敏)による難読症だという事がわかり、
アーレンレンズを作り、
親子で発達障害のテストを受け、それぞれの特性もわかり、
それでも生きづらさは変わりませんが対処法がわかり、
雨用曲折二人三脚で生きてきましたが、
この度なんと!daya老眼。

普通のメガネ屋さんで老眼鏡を書いましたが、目がすごく痛い。
一定の距離からずれるとぐわんぐわんと車に酔ったようになり、
一瞬で吐き気がする。
なによりも、色付きレンズとの併用ができない。

というわけで以前お世話になっているメガネ屋さんのところに
数年ぶりに尋ねましたところ、私のこの「ブログでアーレンシンドロームや発達障害のことがわかり、
そこからここに来るお客さんが結構多いんですよー」
と聞いてびっくりしました。

確かに昔何か書いた記憶はあったけどそこまで影響があっただなんて、びっくりして検索しましたら、
一つはみれるけど、残りの記事がみれなくなっていました。
なので、きっとこれも何かのタイミングかと思い、再upをする事にしたのでした。
以下です。
昔のテンションなので今の私を知ってる人は違和感があるかもしれませんが、お役に立てるならと思いまして。

今日は私は老眼入りのスペシャルスペシャルメガネを発注してきたのですが
またいろんな目から鱗話がありました。
2011年から現在までのいろいろな場面でも眼に限らず、発達障害、難読症、支援する・されるについて、教育問題などいろいろと経験をしました。そこで学んだ事、気づいた事、乗り越えたことやサバイバル術など…
いつか機会があったらまとめてシェアしたほうがいいのかなぁと思ったりしています。

ま、それはいつになるかわからないので、
とりあえず、昔の記事を読めるようにしますね!

どうぞー!

===<眼のハナシシリーズリンク>===

再up【眼のハナシ@】「すぐに学習障害にしないでください。」
http://shantidaya.sblo.jp/article/182036769.html

再up【眼のハナシA】学校との連携
http://shantidaya.sblo.jp/article/182036781.html

再up 【眼のハナシB】視覚障害 ≠(イコールではない) 認知障害 ≠ 学習障害 
http://shantidaya.sblo.jp/article/182036789.html

再up【眼のハナシC】Dayaの眼のハナシ。「アーレンシンドローム」「羞明(しゅうめい)」
http://shantidaya.sblo.jp/article/182036795.html

再up【眼のハナシD】比較なんてできないのに
http://shantidaya.sblo.jp/article/182036808.html

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↓<ここからが過去のブログ記事です。>↓
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息子や私の眼の話をすると
反応が大きく二つに分かれる。

わかってよかったね、の次に

一つは
今まで大変だったしこれからもイロイロ大変だろうけどいい方向に向かうといいね、と応援してくれる声。

うん、そうなの。ありがとう。

で気分よく終わる対話の瞬間。


もう一つは、じゃあもう大丈夫だねとか他の障害の人よりマシだねとかいう声。
言葉にはなってないけど言葉の間に

「大変なのはあなただけじゃないんだからそんな大袈裟にしなくても。あなたなんかよりもずっと大変な人がいるのだから、発言や言動に気をつけなさい。」
みたいなニュアンスがプンプンと匂う。


人の苦しみや大変さなんて比較できないのに。


………………

私はスイスで差別を受けつづけた時に、子供なりにユダヤ人の迫害の歴史と比べて「私が受けている差別はあそこまでひどくない」と我慢した。
心が壊れてしまうまで。


摂食障害になった時に母から
「アフリカでは毎日人が餓死しているのに」
と怒られた。

全然違う問題なのに。私の心が餓死しかけていたのに。

……………

私が私の問題を真剣に受け止め、自分にとっての事の深刻さを受け入れて自分を大切にしはじめた時に初めて
私は人の悩みも 「そんなこと位で悩むなんて」と思わなくなった。

……………

「自分だけが大変だと思うな」

「皆大変なんだからあなたも我慢しなさい」

そんな文化的な規範が日本にはある気がしている。

和を大切にするあまり個人が自分を大切にしにくい社会。

今あらゆるレベルでそのからくりを目にしている。


個人的な生活レベルも、被災地でも、政治の世界でも。

その構造は理解して見えるようになっても、私はそこに同意も同化もできないと痛感する毎日。


日本の思いやる心や、素晴らしいチームワークが大好きだけど、場合によってはそこに犠牲になっている個人のことを思うと、個人主義に育てられた私は悲鳴をあげる。

息ができなくなる。

どんなに叩かれようと、避難されようと、私はもう二度と、私の苦しみを他人と比較しないし、私が苦しいことは世界中の皆がそれを大したことないと言ったって、認めたい。


でないと他人の苦しみも否定してしまいかねないもの。

あぁ、感情が高ぶってうまく書けない。


そんな日もある。



posted by Daya at 15:29| Comment(0) | 【眼のハナシ】
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